2-5-1

2-5-1と言っても変則シフトにゲッツー食らうみたいな話ではないです。

Ⅱ-Ⅴ-Ⅰの...?
イオニア m-M-M
ドリア m-m-m
フリジア M-m-m
リディア M-M-M
ミクソリ m-m-M
エオリア m-m-m
ロクリア M-M-m

NRTだとⅡ-Ⅴ-Ⅰ
イオニア PRL-RL(H-RL)
ドリア LR-LR
フリジア RLP-LR(N-LR)
リディア RL-RL
ミクソリ LR-PRL(LR-H)
エオリア LR-LR
ロクリア RL-RLP(RL-N)

になるのかなあ。
つまり、なんだこれ。

かしこっぽさ

かしこっぽさについて考えてみた。
いろんな人のブログを見たりするわけですが、かしこそうな人のブログには必ず、固有名詞とか人名とか豊富に書かれてる。読むにつれブログ主の勉強具合が推し量れて、いつの間にかこの人すごいなって刷り込まれちゃう。
それにひきかえうちのブログはそんなもんほとんど一切出てこない。漢字変換もイメ任せでご返還するくらいなら平仮名でいいやと思っちゃってるのもあほっぽい。接続詞の使い方も、わかってるんだけど偏ってて、これもあほっぽく見える原因。構成云々じゃなくてセンテンス自体があほっぽいのでやっぱりあほっぽく。
だもんで、おおいに反省して、これからはとりあえずとにかく固有名詞とか人名をいっぱい書くことにしようと思った。しかも難しいやつを。難しげな言い回しとかも多用してみよう。そんでちょっとでもかしこそうに見せることができればいくぶん説得力も上がるのではないかもしれないのだろうか。もしかしたらであるわけである。かしこ。


すいかおいしい。
すいか食べたいけど汁が飛んでモニタが汚れるから部屋では食べたくない。

豊臣秀吉。


クワガタ。


あー、赤ワイン



orz



パナマ文書5

 パナマ文書の問題点は麻雀に例えるのがわかりやすい。麻雀は4人だけど国家経済は1億2000万人で打つ麻雀です。
ポイントは、麻雀を自宅で遊んでるなら全員の持ち金を足し合わせた金額の総額は変わらないってところ。

 麻雀は普通、持ち点を点棒25000点とか27000点で始めて、終了時に30000点からのプラスマイナスで精算します。
パナマ文書の富裕層はいちいち精算せずにプラスの点棒を点棒のまま貯金します。場に戻さない。35000点でトップ取ったとして、5000点の点棒を場に戻さない。そうすると次の半荘は全員の点棒が1250点少ない状態で始めることになります。次もトップがプラス分を場に戻さない。次は全員更に少ない点棒で半荘をスタートする。
 これを続けるとどうなるでしょうね。そう、点棒の価値がどんどん上がります。デフレです。みんなゴミ手の早上がり狙いますね。綺麗な役で上がろうなんてしなくなります。内容よりも上がり優先効率重視。そうなるともうみんなの知ってる麻雀ではないデフレ麻雀。デフレ麻雀ったらなんとなくぬるいルールの穏やかなものを想像しがちですが、リアルのデフレ麻雀はこれ。想像するだに恐ろしいと思いませんか。

 あれれ~?会社で求められてることも仕事内容より儲け優先、効率優先ですよね、昔より。でかい仕事より目先の利益を選びますよね?失敗できない雰囲気が漂ってますよね?デフレ麻雀と同じですね。なぜでしょうね。そう、パナマ文書でこのデフレ麻雀を国家経済レベルでやってしまってるということがわかったんです。1億2000万人のスケールのせいで、いままで場に戻さない点棒が目立たなかっただけ。ゆっくりと着実に、社会はデフレ麻雀スパイラルにはまり込んでいたんですね。恐ろしいですね。

と、こういう説明をしても一般人は麻雀を深く深く追求したことなんて無くてただの運任せのイカサマ放題の賭け事だーとしか捉えてないからわかんねえんだよな。麻雀は人生の縮図で社会の縮図、凄いんだぞ!と言いたい。

 ~ワンポイントいんちき経済~
 このデフレ麻雀。偶然配牌よくて大きな手で上がれるかもしれません。これは宝くじの賞金がどんどん上がってることや、公営ギャンブルの高額配当の可能性のある券種がどんどん発売されてることなどと無縁じゃありません。デフレ麻雀のルール下では幸運の一撃がでかくなるんですね。つまり賞金が上がる。すばらしい経済の仕組みです。

パナマ4

 いんちき経済的にパナマ文書がいかに悪いものかということを解説してみる。

 財布は大きく分けてふたつある。ふたつのはずだった。そのふたつとは、法律上の人みたいなものである法人の財布と、現実の人の財布のふたつ。ふたつの財布の中身はからっぽです。

 人がお金を自分の財布に入れるには、法人の財布から抜けばいいんだけど、最初はからっぽだから法人は借金をする。そうすると人の財布にお金、法人の財布には借金が入ることになる。ふたつ足すとゼロ。
 この時点で法人には人に対する何らかの債務が発生する。人は何らかの債権を持つ。人は生き物で死ぬけど法人は概念だから死なない。だから人はまずは生存することを望む。法人は人の最初の望みである生存に資するための労働で返さなくてはならない。そこで法人は人を雇って食料を生産して今日の胃袋を満たす活動を提供する。次に人は豊かになりたいと望む。法人はエネルギーやいろいろなものを生産して、人に豊かな生活を提供する。
 人の望みが細分化して規模が大きくなっていくと、それを叶えるために得意分野ごとに役割分担するようになる。

 法人は看板で人は構成員。看板システム。法人の看板には、人がどうやって生きたいかが書かれている。看板に車を作ると書かれている法人は車を作る。車を売ると書かれていれば車を売る。発電すると書かれていれば発電する。それを実際に運用するのは構成員である人なんだけれども、システムとしての話。看板に守られてる人はサラリーマンと呼ばれている。
 そもそもこのシステムでやりますと掲げてる看板もある。でかい看板。国。構成員は公務員と呼ばれる。
 中には別に看板を掲げなくても生存に困らない人もいる。個人事業主とか自営業とか。自分が看板だから人であり法人でもある。自分で掲げた看板に書いてあるように生きることができる。そのかわり法人という看板の庇護は受けられないけれど自分で自分のことを決めることができる。
 世の中には人がどう生きるかが書かれているいろんな看板があるし、自分の才覚だけで生きている人もたくさんいる。とにかく生き残りたい、そして豊かに生きたいのだ。
 この全ての経済活動は人と人、法人と法人、人と法人の間のやり取りで記述できる。

この看板システムにもう一つ財布を加えるとバランスが崩れてとんでもないことがおきる。タックスヘイブン。
人と法人との経済活動の過程で、財布の中のお金だけを、人目のつかないところに少しずつ取り置く。これを延々と繰り返していくと、人にも法人にもお金じゃなく借金がたまり、タックスヘイブンにだけお金が入ってるという状況になる。

 人に債権、法人に債務というバランスが人の望みを叶える方法なのにもかかわらず、人にも法人にも債務しか無い状態ができあがる。当然看板に書いてある望みは叶えられなくなる。タックスヘイブンのお金は表に出せないお金なので当然使われない。債権は行使されない。無い望みは叶えようもない。債権がないものの望みはかなわない。打つ手が無い。どうしようもない。

 望みが叶わない。就職難、結婚難、少子高齢化諸々。それらの原因である第3の財布の存在の証拠が今回のパナマ文書です。


 で終わってしまってはいんちきじゃないのでいつものいんちき情報。何回も言うけどかつては1人の働き手がいると15人食える社会だったという。看板1枚で15人。これが適正かどうかは自分にはわからないけれど、自然淘汰の中での最適解がこの比率なので、たぶん自然で正しいのであろうことは確かだ。経済モデルを作る時に参考にしてもらいたい。

パナマ文書3

税金払ってもどうせろくなことに使われないという事実もある。租税回避が構造的な問題なのだから、どうせあちこちに赤字が溜まってく。むしろ黒字の行き先がわかったんだから安心して借金が増やせるということがわかったことを喜ぼう。
だからここはあえて金が必要な人が必要なだけ使える仕組みを考えるべき。

ということで、こんな記事を書きました。
少し考えを進めてみた。

例えば年金。
死ぬまで支給することをやめて、75歳とか80歳とか、それくらいで支給を止めることにする。そこから先は財産を売って賄うんだけど、行き詰まったら必要なだけ借金できるという新しい仕組みを作る。とりあえず必要な財産は相続するとして、残った財産を売り尽くしたら借金。これを国がケツ持ちする。年寄りが遺した借金は国が国債発行で引き受ける。1億貸してって言われたら1億貸す。そうするとですね、この年寄りの面倒を見るという仕事は新規事業と同じことで、つまり橋を作ったりビルを作ったりするのと同じことになる。必要なだけ貸すから租税回避も起こらない。引き受け業者が無茶な見積もり出して租税回避するかもしれないけど銀行機関が審査すれば問題なかろ。グルになってやられたらだめだけど。それだと今と変わらないってだけの話で問題ない。これパイの規模が年金だけの場合とは格段に違う。むしろ青天井。若者への資産移譲もすすむし、良いことばかりです。若者も、面倒を見る年寄りを選ぶことができるようになるし。。。このくだりは前に書いた記事と一緒だな。省略。

ワシの信用で道路を引き直すのじゃ!
みたいなことを言い出す豪傑も現れようぞ!

パナマ文書2

今後、租税回避が一端解消されたとしても、ばか法治国家であほ官僚国家なので、税収が増えると、政府は税金を払い出す機関と受ける機関を作る。公務員はリストラできないので、次のターン時には必ず、その機関を養うための税収が必要になる。いわゆる維持管理費。つまんない法律も増える。
具現化した資産に価値を見出せる高尚な目を持ってるならまだしも、とにかく批判批判批判。権力争いが産んだ荒んだ価値観。所詮民度がそんなもんなんだからこんなことになったのは当たり前なのかもしれない。
租税回避で浮いたお金を民間で回したとしても、そうやって国自らが租税回避と同じ顛末を繰り返すんだろう。そんな絶望的展開が目に浮かぶ。
国民と役人の意識に対するアンチテーゼとしての租税回避と捉えると、みんながみんなに絶望してるんだなあというふうに思ったり思わなかったり。

パナマ文書すげえ

まさに裏切りカードが切られていたことの証拠が出た。

こんな記事を書きました。
法人と個人の財布の他にもう一つ、巨大な財布が存在していた。誰かの貯金は誰かの借金。第3の”貯金専用の”財布があれば法人も個人も貯金することができない状況が成り立つ。以前に書いた記事の目の付け所はだいたい正しかった。やったぜ。

で、これがまかり通ってるならばもうなにやっても無駄。公共事業も量的緩和も金融政策も何もかも無駄。どこかに黒字が出た瞬間、その浮いた分が消え去る。
黒字の企業というのは仕事の成果以上に評価を受けたということ。そのペナルティとしての課税があり、それは公共の福祉に使われる。赤字企業は借金で穴を埋めて企業規模の補完をする。借金は誰かの貯金になり消費され、赤字企業とはいえ経済規模の拡大の役に立っている。経済規模の拡大は食い扶持が増えるということ。おおぜいの生活が豊かになることになる。これは協調のサイクル。このサイクルにあって、裏切りのカードを切る誰かが現れ、黒字分を満額タンス預金されてしまうと、赤字の補完は立たず、経済は破綻し生活は困窮し、食い扶持が減ることは人口減少と同義。失われた20年とか少子高齢化とかの現状を招いたのは、まさに富裕層が20年間裏切りカードを切り続けた成果であります。
その規模、理屈で考えると、いわゆる国と地方の借金と赤字法人の会計マイナス分がすべて租税回避地に眠っているのだろう。何千兆円?もっと上の桁かもしれない。とにかくものすごい金額だ。

かと言って、裏切りカードを切らないわけにもいかなかったのだろう。既に裏切りカードが切られている状況で協調し続けることは自身の消滅を意味する。そういう上級国民の気持ちもわかるので絶対許さないとは言いにくい。製造業から情報産業へと産業の軸足がシフトする過程で、立派な橋もビルも道路もボロクソに批判された歴史がある。頑張って具現化した資産を批判されることに虚しさを感じた気持ちはよくわかる。自分のいとこが淘汰されたことも、サラリーマンである自身が新入社員の頃から20年間手取り額が全く変わらないという体たらくも、何もかもこれが原因だったという点、合点がいった。

これも一つの人生、歴史のいちページとして、今更返せなどとは言わないけど、まだまだ富裕層のターン。我々一般人を喜ばせることに彼らが価値を見出すかどうか、我々一般人の姿も問われている。笑いながら死ねと言われたりしたらどうしようね。まあどうしようもないね。どう平たく見ても愛されるような価値なんて無いなあ。



がたがたなんだけど

30代になる時には単に体力落ちたなあって感じたけど40代はもうアレです。
体力低下もそうなんだけど、五感のセンサが全く信用ならないの。平衡感覚とかまったくアテにならない。世の中のおっさんたちは何を拠り所にしてるんだろう。アクセルもブレーキも計器類も信用ならない車で安全運転しなきゃならないの。勘と経験。これも怪しい。
30台の体力の落ち方でもいち野生生物として生き残る価値も資格もねえなという実感持ったけど、40代のこの衰え方はもはや大自然に対する犯罪であると思います。
こういうのには個人差もあるんだろうけれど自分の場合はそんな感じです。
やりたいことはやれるうちにやったほうがいい。
さもないとさっさと道筋つけてくれたら有難かったのにとか思い出す。

プロフィール

sugoku

Author:sugoku
初音みくで遊んでます。作ったものニコニコ動画を中心に発表したり。いろいろ活動中です。
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